応援中


リンク



月別アーカイブ


カウンター


ブログ内検索

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「エスカレーション~禁断のソナタ~」25周年!

「エスカレーション~禁断のソナタ~」がリリースされてから、来年で25周年になるんですね。
以前ちょっと話しましたが、私が百合に目覚めるきっかけになった作品です。私の百合人生はここから始まりました。
いかにも百合妄想しやすそうな「ダーティペア」「うる星やつら」(本放送時)では百合妄想をしたことがなかったのに、1986年に放送が開始された百合妄想がしやすいとは言い難い「めぞん一刻」では、朱美さん×管理人さんでひたすら百合妄想をしていた記憶などを照らし合わせて見ると、私が「エスカレーション」を観たのは、ほぼリアルタイムだったようですね。

ここから始まった私の百合人生、今までの25年間を3等分して考えてみますと、最初の7年間は正直ひたすら孤独でした。家族といても学校の友達といても、一緒に話をしたり遊んだりはするんだけど、でも私の内面は他の人たちとは決定的に違う気がして、陽の当たる場所にいる他の人たちに比べて、自分はぽっかり開いた次元の穴から別の世界に入り込んでいて、裏側の世界からひとり他の人たちを眺めて、上っ面だけ会話したり遊んだりしているような……。孤独感はかなり強かったです。
自分が百合好きだなんて誰にも相談しませんでしたから、余計孤独感も増していったんでしょうね。

「エスカレーション」を観てからしばらくの間、私は自分の妄想を形にするため百合小説を1人で書くことが多かったのですが、ある日なぜ自分の描く小説は女性同士ばかりなのだろうと思って、やましさもあったのか男女モノの小説も描いてみたんですが、これが全然つまらなくてさっさとやめてしまいました。
孤独感から開放されるため、「エスカレーション」から得たもの、感じたものを忘れて普通の人と同じような男女の恋愛に没頭することは、やっぱり出来なかったですね。

前に述べたとおり、最初に「エスカレーション」を観た時、成人指定の作品であるそれを私は観てはいけない年だったし、電気屋のデモンストレーションで一度観た時に私の頭の記憶に焼きついた記憶のみを頼りに甘美な世界の感覚を手繰り寄せていたのですが、その後7年後くらいに、実際にレンタルビデオで借りて実物を観ることになります。(いえ、本当はその時も確かまだ観てはいけない年だったのですが、待ちきれなくて裏技を使ってしまいました…)
そして数年ぶりに「エスカレーション」に再会し、ちゃんと視聴することが出来ます。電気屋でデモンストレーションで流していた時は音声が絞ってあって音はほとんど聞こえませんでしたからね。ちゃんと作品を視聴できたのはこの時です。
そして、これがほんとに素晴らしい作品だったんですよね~。電気屋で観た時の記憶は強烈ではあったものの、一度(音声も抜きに)観ただけですから記憶も非常にあやふやで、そもそもほんとにそんな女子同士愛し合う作品があったのかどうかも定かではなかったんですが、実際にそれを観て、女子同士の愛がしっかり描かれていて、しかも感動的である……これは奇蹟なんじゃないかと私は思いましたよ。今も18禁百合アニメというのはほとんど出てなくて、ましてや観終わった後感動出来る作品なんてのはほとんどないですから、今考えても奇蹟のような気がしますね。

そうして私は百合作品がやはり素晴らしいものであることを確信して、その後の7年くらいを過ごすことになります。やっぱり自分が百合好きだなんて周りに言う事は出来ませんでしたから相変わらず孤独ではあったものの、もはやそれはぽっかり開いた穴の中の暗くてじめじめした世界ではなく、素晴らしい世界、自分が信じるに足る世界だと思考を転換することが出来たのは大きいですね。
私が観たのがもし「禁断のソナタ」ではなく「蛍子」とか「顔のない月」とかだったら全然違ってたんじゃないでしょうかね。あれらの作品も百合な絡みシーンは良かったけど。

その後の7年は、例え数は少なくとも自分の好きな百合作品を探して楽しんでいた時期でした。森永みるく先生の作品に出会ったのもこの頃ですね。ますます百合作品の素晴らしさを確信するようになりました。
そして百合専門のレディコミ誌「美粋」との出会いと別れ……これは大きかったですね。「美粋」では女性同士愛し合うこと、欲情すらが当たり前で、この雑誌を講読していた時の私の安堵感は言いようがありません。「美粋」は月刊誌ですから毎月刊行されていて、しかもそれらがすべて女性同士愛し合っていて後期は特にハッピーエンドでしたからね。女性同士愛し合ってそれが悲劇で終わらないことを、この頃信じることが出来るようになりました。私が今悲恋百合を読んでも批判せずに落ち着いて読めるのはこの雑誌のおかげですね。女性同士愛し合って幸せに暮らしていくことは、私は疑う必要がありませんから。たまには毛色の違う悲恋百合を読んでも、まあそういうのも面白いか、と落ち着いて読むことが出来ます。

しかしその「美粋」が1999年初頭に突然休刊することになってしまって……これは心地よい夢を見て眠っていたところに冷水をぶっかけられて目が覚める程の強烈なショックを受けました。
折悪しく「セーラームーン」の百合同人も数が少なくなってきたころで「バトルアスリーテス 大運動会」も終わって「少女革命ウテナ」も終わって……1999年はほんとに辛い年でしたね。いっそノストラダムスの予言通り世界が終わっちゃえばいいのに、と思う程やさぐれ状態でした。
これが私の百合人生第2期の7年程の出来事。

そして最後の7年私がインターネットを初め、サイトを開設した年月にあたるわけですが、この期間は「美粋」を初めとする百合物件が途絶えてしまった悔しさを再び味あわないため、私がそれまで百合物件から与えてもらった感動を文章にして表現する(つまりリスペクトする)ための期間でした。
まあリスペクト自体は理想の3分の1にも満たない程しか出来なかったんですが、やらずに理想だけ妄想するだけよりはマシだったと思うし、少なくとも私が生きてきた四半世紀の人生の中では一番価値のあることをした時期だったんじゃないかと、個人的には思います。
誰もサイトに来てくれず反応もなければここまで続けることも出来なかったと思うし、今までにサイトに来てくれた人にはほんとに感謝の気持ちでいっぱいです。

そんなわけでちょっと私の百合人生の歴史を振り返ってしまいましたが、何はともあれこういう人生があったのも「禁断のソナタ」を観れたからこそ。

「エスカレーション~禁断のソナタ~」、生誕25周年ほんとうにおめでとう!素晴らしい百合作品が私の百合人生のスタートを作ってくれました。
心から祝福します!
スポンサーサイト

百合のために

死ねたらどんなにいいのにかなぁと思う。
100歳まで生きようが30歳までだろうが、生きているうちは誰かのためになることをしていなきゃ意味ないと思うし。死ぬ事よりむしろ生きてることの方が地獄に感じるし別に今死んでも命は惜しくない。しかし今死んでも意味がない。百合ジャンルに貢献するには地獄でも生きていかなきゃいけないんでしょうね……。

ゾッコンは

やっぱり使う事にした。使いやすいですしね。

しかし体調がまた悪くなってきたのは辛い。ご飯が食べられるうちはまだ良いんですが、食べられなくなるとさすがにダメですね。頭が回らない。

百合サイトとしてやって欲しいことはいろいろあるようで、同人誌やらWebコンテンツやらリクエストはたくさん来てるんですが……肝心の体がついてこない。
ラジオのDJなら曲かければいいだけなんで「リクエストをどんどんお寄せください!」なんて平気で言えるんでしょうが、文章で作品を伝えるという作業は、曲をかけるように簡単にはいきません。
 | HOME |  » ▲ page top


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。